2008年11月03日
対話〜責任の所在〜 まとめ
私たちは、何か が 起こったとき、何か 《が》 起こったと思いますが、自分 《が》 引き寄せたとは思いません。
この 《が》 は何を意味するのでしょうか?
これは、責任の所在です。
この 《が》 が相手にある場合は、責任は相手にあると思っているのです。
例えば、他人にお金を貸して相手が約束通りに返さなかったとします。
そのせいで、腹を立て怒りが出たときに、怒りの原因は、相手にあると思っていますが、怒ったのは、自分です。
相手が約束を破ったから、自分は怒ったのだと、怒りを相手のせいにしますが、怒りの責任は相手ではなく、自分です。
コスモスおじさんは、
「相手の問題と自分の問題を分けなさい。」
と言います。
相手の問題は
約束を破ったということです。
自分の問題は
怒りを出したということです。
相手の問題を、自分がどうにかすることはできません。
相手は、約束を破る ということで、いろんなトラブルを引き寄せるかもしれませんが、それは、相手の問題であり、相手の責任です。
人は、他人の責任をとることはできません。
自分にできるのは、自分の責任をとることだけです。
ここで、自分の問題は、自分は 怒る人だ ということです。
怒ったのは自分だから、怒った責任は自分にあります。
なぜ 怒る必要があるのか?
本当は、必要があって怒っているのではなく、習慣なんです。
怒るしか、方法をしらないだけなんです。
だから、とっさに反応して、気がついたら怒ってしまっているんです。
コスモスおじさんはいいます。
「人が他人の責任をとることはできない、人がとることができるのは、唯一
自己責任だけだ。
人生は、全て 自己責任だ。
この責任の分だけ、人は自由になれる。
あなたの人生は、責任の所在に左右される。
他者の責任にしている間は、他者次第の人生になる。
親の責任にしている間は、親次第の人生になる。
社会の責任にしている間は、社会次第の人生になる。
自己責任を受け入れた者だけが、自分次第の人生をスタートできる。
そのとき初めて、あなたは人生にデビューするのだ。」
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